Stieltjes連分数のn階収束子はマッチング多項式の比である
概要
Stieltjes連分数を普通の分数で書いたときの式
において,多項式がライングラフのマッチング多項式であることを示す.
証明はFlajoletの補題に基づいてStieltjes連分数をDyck路の母関数とみて,適当な対合を作る方法で行う.
用語の準備
Stieltjes連分数
列が与えられていて,とする.自然数に対して階のStieltjes連分数 (S-連分数)とは,以下の連分数である.
Dyck路
Dyck路と呼ばれる組合せ論的オブジェクトを定義する.
第一象限の整数点の集合を節点集合とし,有向枝集合を
で定めた有向グラフを考える.
このグラフにおいて,点から点への道を,Dyck路という.
このグラフの枝重みを
と定める.
この枝重みを使って,Dyck路の重みを,Dyck路に含まれる枝重みの積と定める.
但しからへ行く一点だけのDyck路の重みはとする.
Dyck路のピークとは,Dyck路においてという順番で節点が出現する部分のことである.
また,雑に言い換えるとDyck路とは斜め上と斜め下のステップを組み合わせて,から出発しての範囲からはみ出ないように軸に戻ってくるような歩き方のことである.
歩のDyck路の数はカタラン数であることが知られている.
上は,Dyck路の例である.その重みとピークを書いておいた.
上述の重みは,一点だけのDyck路の重みをとし,点から斜め下に行くたびにを掛けていくことを意味する.掛けるべき重みは,図中に赤字で書いてある.
S-連分数はDyck路の母関数である
組合せ論界隈ではよく知られているように,S-連分数はDyck路の母関数である.
第一象限においての範囲だけを動くDyck路の集合をと書くことにする.
例えば,上の画像のDyck路は,に含まれるがには含まれない.
このとき以下が成立する.
定理 (Flajoletの補題)
任意の自然数に対して
が成り立つ.
この補題について詳しくは
Combinatorial aspects of continued fractions - ScienceDirect
を参照せよ.
マッチング多項式
整数が与えられているとする.集合を節点集合とし,無向枝集合をで定めた無向グラフをと書く.
グラフのマッチングの集合をと書く.
無向グラフのマッチングとは,枝集合の部分集合であって,pairwise disjointなもののことである.
グラフの枝の重みをと定め,マッチングの重みをに含まれる枝の重みの積と定め,とかく.
但し,枝を一つも含まないマッチングの重みはとする.
マッチングの母関数
をマッチング多項式と呼ぶ.
普通はこの多項式を多少変形したものをマッチング多項式と呼ぶが,ここではめんどくさいのでこのように定義する.
上はのマッチングの集合 (左)と,それぞれのマッチングの重み (右),そしてマッチング多項式 (下)を説明する図である.
なお,マッチング多項式は以下の漸化式で計算できる.
階のStieltjes連分数は,マッチング多項式の比である
定理
任意の自然数に対して
が成り立つ.
証明
等価な式
を示す.
集合をとし,の部分集合を
と定める.
すると,Flajoletの補題より右辺は集合の母関数,左辺は集合の母関数である.
つまり
である.
よって,この等式を示すには,対合であって,
なるものを作ればよい.
組が与えられたとき,非負整数を以下で定める.
但しDyck路のピークの中で,座標が一番小さいピークを最初のピークという.
- Dyck路に含まれる最初のピークがという形だとする.このときとする.ピークが存在しないとき,つまりが一点だけのときとする.
- マッチングに含まれる枝のうち,が最小のものをとりとする.枝が存在しないとき,つまりのときはとする.
そして対合で移る相手を以下の通り定める.
- のとき,マッチングの枝を取り除き,Dyck路においてという部分を挿入する.(これは必ず可能である.)
- のとき,Dyck路の最初のピークすなわちという部分を取り除き,マッチングに枝を加える.(これも必ず可能である.)
このようにを定めればそれは重みの符号を反転する対合である.
(証明終わり)
上は対合の様子を説明する図である.Dyck路とマッチングの組をとったとし,
図中の軸にあたる部分に,マッチングを縦向きに置いてある.(a)ではマッチングの赤い部分につけられた重みがであるが,対合で移したあとの (b)ではDyck路に挿入された赤い部分の重みがに変わっており,重みの符号が反転していることがわかる.
組合せ論的タコ
Combinatorial species (Combinatorial species - Wikipedia)は,離散オブジェクトの指数型母関数を扱うための現代的な手法である.
本稿ではspeciesの理論自体を説明することはしないが,大まかに言えばspeciesの理論は離散オブジェクトの組合せ論的な構造の情報を,直接母関数の等式へ変換する理論である.
詳しくは代表的な教科書Combinatorial Species and Tree-like Structuresをみるとよい.
本稿では,speciesの理論の練習問題としてよく登場するタコ (combinatorial octopus)と呼ばれるオブジェクトをspeciesの理論を用いて解析する.
本稿の元ネタは,上記教科書の練習問題である.
準備
まず,後に必要になるのでサイクルおよび長さ1以上の道の指数型母関数を求めておく.
サイクルとは,個の要素を向きづけられた環状に並べる方法のことで,その数は円順列として馴染み深い通りである.
サイクルの指数型母関数は
である.
長さ1以上の道とは,個の要素を向きづけられた直線状に並べる方法のことで,その数は通りである.
長さ1以上の道の指数型母関数は
である.
タコの定義
タコとは,長さ1以上の道を,向きづけられた環状に個以上並べる構造のことである.
例えば,下図は要素によるタコの一つである.
なお,今扱っているタコはラベル付きのタコである.グラフとして同型でもラベルが違うタコは区別する.
タコは,サイクルの一つ一つの点を,長さ1以上の道に置き換えた構造であると言える.
speciesの理論によれば,オブジェクトの世界での「点を別の構造に置き換える」操作は,母関数の世界での「代入」を意味するから,タコの母関数は
である.
ただし,個の要素によるタコの数をとかく.
ここから,要素数のタコの数はそれぞれである.
(OEIS: A029767)
サイクルとの間の全単射
タコの母関数は,次のように変形できる.
ここから,オブジェクトの組合せ論的な対応関係
の成立が予想される.
上式はspeciesの言葉で書いてるが,speciesの言葉を使わないで書くと以下のことを言っている.
要素のタコの集合を,要素のサイクルの集合をと書き,
要素の色付きサイクルの集合をと書く.
色付きサイクルとはサイクルの各点に対して色を決めたものである.
これらの集合の間に全単射
がとれる.
(実際は,全単射がspeciesの同型となるためには,要素数が等しい以上の強い条件が必要である.)
これを満たす全単射は次のものがとれる.
色付きサイクルにおいて,赤い要素(Aとする)の次に青い要素(Bとする)が並んでいる場所があるとする.
このとき,Bから初めてサイクルを一周してAに至るまで,サイクル上の要素を順に見ていく.
今見ている要素が青いとき,キューにその要素をプッシュする.
今見ている要素が赤いとき,キューにその要素をプッシュし,そのキューをタコの触手の一本とする.この際,色はなくす.
これにより,タコができる.
要素がすべて赤い場合は,そのまま色をなくし触手の長さがすべてのタコとみなす.
要素がすべて青い場合は,タコは作らず,色をなくし要素数のサイクルとみなす.
下図は,のときのこの対応の例である.
タコの数
タコの母関数
を変形すると
となるから,要素数のタコの数は
である.
置換の符号の一般化が無理だった話
置換の符号とは,対称群からへの唯一の非自明な準同型でとかきます.
この置換の符号を使って,例えば行列式などが
などと定義できるのでした.
ここで,符号の値域をではなく,にすると,置換の符号を精密化した「一般化符号」ができて面白いんじゃないかと思いました.
ここでは,次のような写像を「一般化符号」と呼ぶことにしました.
- は準同型である
- に対しである.
- に対しである.
結論から言うと,そのような準同型はのとき存在しませんでした.
命題 のとき,そのような写像は存在しない.
証明:
のとき,の正規部分群はだけである.(知りませんでした...)
(group theory - Proving that $A_n$ is the only proper nontrivial normal subgroup of $S_n$, $n\geq 5$ - Mathematics Stack Exchange)
準同型の核は正規部分群なので,である.
にはならないので,終了.
(証明終わり)
今後は,準同型であるという条件を外して,他の意味で良さそうな「一般化符号」がないか考えてみようと思います.
重複組合せの数について
個の文字から重複を許して個とるとり方は
通りである.このことを二通りの方法で示す.
証明その1
個の文字から重複を許して個とるとり方は,
個の (区別できない)ボールと個の (区別できない)仕切りを一列に並べる並べ方と一対一対応する.
なぜならば,そのようにボールと仕切りを並べると,仕切りで区切られた個の小部屋が一列に並ぶ.
各小部屋の中には,ボールが個入っているとする.
この並べ方を,文字を個とる文字のとり方に対応させれば,その対応は一対一である.
(証明終わり)
この対応の例を下の図に書いておく.
証明その2
のラベルがついた個の箱と,のラベルがついた個の箱があり,それらの箱に合計個の (区別できない)ボールを入れる入れ方は通りである.
(一つの箱には,高々一個のボールしか入れないとする.)
この入れ方を入力とし,個の文字から重複を許して個とるとり方を出力する対応を構成する.
箱には少なくとも合計一個のボールが入る.どの箱にボールが入ったかによって,取り出す文字を重複度を除き定める.
一方,箱には合計個から個のボールが入る.どの箱にボールが入ったかによって各文字の重複度を定める.
箱に合計個のボールが入ったとする.
ボールが入った箱のラベルをとかく.
このとき,箱には合計個のボールが入っている.
箱のうち,ボールが入っていない箱に注目する.
そのような箱は個存在しそれらのラベルをとする.
文字から重複を許して個取り出す取り出し方を次の通り定める:
取り出す文字はとする.
文字の重複度をと定める.
但し,とする.
この対応は一対一である.
(証明終わり)
この対応の例を下の図に書いておく.
添字の動く範囲にminが絡むある和について
以下の命題の代数的証明と組合せ論的証明を紹介する.また,組合せ論的証明に基づいてパラメータを増やす拡張を行う.
定理
自然数について
が成立する.
上式左辺は,添字が動く範囲がだということを表す.
また右辺は,-解析の記号を使うとと書ける.
代数的証明
twitterにて証明を募集したところ,NKSさん (@nkswtr1)が教えてくれた証明を紹介する.
https://twitter.com/nkswtr1/status/1451845616653402114
この証明では,和の順番を入れ替えてまず添字に関しての和と見ることがポイントだったようだ.
(証明終わり)
組合せ論的証明
右辺の分母を左辺に持ってきた形
を示す.
整数の個組の二つの集合を
と定義する.
式を示すには,全単射
であって,
(式1):
を満たすものを作ればよい.
全単射は次のように作る.
に対して,
と定める.
つまり,列の後ろから番目の位置にを挿入し,それより後ろはすべてするということである.
この対応は全単射的である.なぜならば,できた列の中で一番小さい要素のうち一番右にあるものがとして挿入されたものだと分かるからである.
またこの対応は(式1)を満たす.
(証明終わり)
組合せ論に基づく拡張
組合せ論的証明をよく見ると追加のパラメータとしてを入れた次の拡張ができる.
定理
自然数について
が成立する.
この式は,全てのをとすると元の式に戻る.
証明
(右辺)
ここで全単射を使ってからにうつすと
=(左辺)
(証明終わり)
蛇足
和の変数を増やす違う拡張もやってみました
昨日のやつがウケがよかったから拡張版も作った
— 岩 (@iwalion) 2021年10月24日
添字の動く範囲の上限が
i_0,…,i_{r-1},j_0,…,j_{c-1}
で連続してるように見えて、実は一個開いてるのがチャームポイント pic.twitter.com/IXI2iKj3jo
第一種スターリング数の行列式,組合せ論的証明
記事概要
本記事では以下を組合せ論的に示す.
証明は対合を構成することで行う.
具体的には例えばのときは
定義や準備など
調べたところ,第二種スターリング数の行列式を考えた研究には[1]がある.
また,数学質問サイトStack exchangeには第一種スターリング行列のマイナーについての
質問 [2]があり,本記事で述べる証明がこの質問への理解に繋がるのではないかと考えている.
以下準備1,2で定義などを書いたあと証明を述べる.
準備1:第一種スターリング数について
第一種スターリング数を,文字の置換のうち個のサイクルからなるものの個数と定義する.
以前の記事で述べたように,は多項式のの係数に等しい.
この事実を使うと,各に対しての値が簡単に計算できる.
以下は,の値を表にしたものである.(赤い部分の意味は後述.)
n\k | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
3 | 0 | 2 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
4 | 0 | 6 | 11 | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 |
5 | 0 | 24 | 50 | 35 | 10 | 1 | 0 | 0 |
6 | 0 | 120 | 274 | 225 | 85 | 15 | 1 | 0 |
7 | 0 | 720 | 1764 | 1624 | 735 | 175 | 21 | 1 |
この表を行列としてみると,逆行列が組合せ論的意味を持つなどそれ自体面白いのだが,
今回は上の赤色の部分を取り出し,その行列式を明示的に求めることを考える.
例えば上の赤字で示した例だと
となる.この関係がより一般に成立することを述べたのが本記事の定理である.
準備2:置換と0-1タブロー
以下では置換をそのまま使うのではなく,置換を「0-1タブロー」と呼ばれるより扱いやすいオブジェクトに変換した上で用いる.
0-1タブローについては以前の記事にも述べたが,もう一度書いておく.
なお,0-1タブローに関するちゃんとした文献としては [3]を参照するとよい.
定義 0-1タブローとは,strictな分割 のヤング図形において,各行に一箇所づつ記号「×」を書き込んだものである.
0-1タブローは例えば,以下のようなものである.
分割に対し,分割の長さをとかく.例えば上図の分割ではである.
を満たす0-1タブロー全体をとかく.例えば,上図の0-1タブローはの元である.
次の補題は置換と0-1タブローとの一対一対応を示す.
証明
まず,文字の任意の置換は,空置換から始めてのそれぞれについて
- 新しいサイクルを追加する
- 既存のサイクルにを追加する
のどちらかを順番に行って作ることができる.
例えば,置換は,空置換へ
- (1)を追加する.
- 1のあとに2を追加し(12)にする
- (3)を追加し(12)(3)にする.
- 3のあとに4を追加し(12)(34)にする
- 1のあとに5を追加し(152)(34)にする
- 2のあとに6を追加し(1526)(34)にする
- (7)を追加し(1526)(34)(7)にする
という手順で作られるものである.また,この作り方の手順は一意的である.
置換に対応する0-1タブローを,空タブローから初めてについて
- を追加したときは,何もしない
- のあとにを追加したときは,タブローの最上段に長さの行を追加し,左から番目に「×」をつける
により作られるタブローと定める.
この対応とタブローの作り方の例を,以下に書いておく.
タブローの作り方から,文字の置換でサイクル個のものは,の元に対応し,逆もまた言えることがわかる.
(証明終わり.)
定理の証明
まず,行列式の定義から
である.ここで,集合を次のように定義する.
☆に入る条件は次の通り:
- ,
- であり,のサイクルの数は,
- であり,のサイクルの数は,
- ・・・
- であり,のサイクルの数は.
このを使うと,和は
と書ける.
一方,集合の部分集合を次のように定義する.
★に入る条件は次の通り:
- ,
- ,
- ,
- ・・・
- .
ただし,はの巡回置換なら何でもいいということを表す.
この集合に関して
である.これはであり,和に寄与するのは実質の巡回置換個分だということから分かる.
よって,我々が示すべきことは
である.
つまり同じことだが書き換えると
を示せばよい.
これは,写像であって,
なるものを作ることで示される.
(このような写像,というか対合が存在すれば集合にはがのものとのものが同じ数存在する事がわかるからである.このような論法をinvolution principleという.以前の記事でも軽く紹介したことがある.)
以下,そのような対合を構成する.
方針としては,において置換とに注目し,何らかの (もとに戻せる)方法でこの二つの置換のサイクルの数を入れ替える写像をとすればよい.
そうすれば,に隣接互換を当てることになり,符号が反転する.
0-1タブローに対して,その最上段の長さと段の数をそれぞれと書くことにする.
例えば,以下の0-1タブローについては,である.
またにおいて「×」印を無視することで得られるヤング図形を,の基礎ヤング図形と呼ぶ.
鍵となるのは次の補題である.
補題2
とする.
補題1の対応関係により置換に対応する0-1タブローをそれぞれとする.
このとき,添字であってであるものが存在する.
証明
そのような添字が存在しないと仮定すると,
である.
すると以下のように,タブローの基礎ヤング図形はある決まった形でなければならないことが分かる.
は文字の置換なのでであり,背理法の仮定からである.
このとき,strictnessの条件からである.
置換のサイクルの数はであり,集合の定義からこれはからの範囲になければならない.すなわち.
以上の考察で得られた不等式を解けばが分かり,strictnessの条件から.
つまり,タブローの基礎ヤング図形は分割で表される階段型のものでなくてはならず,これは置換が
という形でなくてはならないことを意味する.
次に同様の考察から置換のサイクルの数はであり,集合の定義からこれはからの範囲になければならない.ここから結局が分かり,
の基礎ヤング図形はと同じ階段型で
置換はという形である.
これを同様に進めていくと,結局仮定が成り立つためには
でなくてはならないことが分かり,矛盾となる.
(証明終わり.)
対合を構成する.
補題2より,であるような添字が存在する.
そのような添字の中で最大のものをとる.
「の最上段を取り除いての最上段の上にくっつけ,とを入れ替える.」
そうして得られたものを,の値とする.
これに関しては具体例を見たほうが早いと思うので,下図を見てほしい.
この写像はいかにも対合である.
また一番大事なことだが,この写像は置換とのサイクルの数を入れ替える.
よってこの写像は二つの条件
を満たしている.
(証明終わり)
蛇足
-拡張もそのままできるはずである.