ケーリー・ハミルトンの定理の組合せ論的証明
1,概要
正方行列の固有多項式について,が成り立つ.
これをCayley–Hamiltonの定理という.
Cayley–Hamiltonの定理は線形代数のクラスの後半で習うのが普通であるが,実は線形代数の知識を用いずに証明できる.
具体的には,置換を用いた行列式の定義と行列の乗の定義から,組合せ論的考察により証明できる.
本記事で紹介する証明は,組合せ論的な視点から線形代数を再構成したBrualdi [1]の本からとったものである.
以下第2節ではまず準備として行列式や固有多項式を,組合せ論的オブジェクトの母関数として解釈する.
次に第3節で,行列の乗とグラフ上の歩道の対応を復習する.
最後に第4節で,上の二つを組み合わせてCayley–Hamiltonの定理を証明する.
2,行列式のHarary-Coater流の定義
以下で述べるように,行列式はグラフのサイクルの母関数として解釈できる.
この考え方はBrualdi [1]の第4章に詳しく,行列式のHarary-Coater流の定義と呼ばれる.
グラフ理論の用語の定義
有向グラフの部分グラフとは,節点集合と枝集合をもつ有向グラフである.
部分グラフの節点集合がもとのグラフの節点集合に等しいとき,つまりのとき,グラフを全域部分グラフという.
以下でははある体を表す。
有向グラフの枝重みとは,関数である.有向グラフと枝重みの組のことを,重み付き有向グラフという.
重み付き有向グラフの重みを,グラフの枝重みの積と定める.
有向グラフが2-正則であるとは,全ての節点の入次数と出次数が1であることである.
(これは一般的な言葉遣いとは違うかもしれない.)
2-正則であるような全域部分グラフのことを2-正則全域部分グラフという.
下図のように,2-正則全域部分グラフは有向グラフの全ての節点を,いくつかの交わりを持たないサイクルによって覆う方法であると思うこともできる.
次正方行列に対応する有向グラフとは,
節点集合と,枝集合をもつ有向グラフである.
有向グラフの枝重みを,枝に対してと定める.
次正方行列に対し,有向グラフの2-正則全域部分グラフの集合をとかく.
グラフに含まれるサイクルの数(連結成分の数と言い換えてもよい)をとかく.
下図はその例.
図中で枝重みを青色で書いている.
行列式のサイクル母関数としての表示
これらの用語を用いると,行列式は次のよう書ける.
証明の概略行列式を置換を用いて定義し,置換のサイクル分解を考える.
(証明終わり)
これについては,例を見るとより納得できるだろう.
上の図で登場した行列
である.
これは以下の図に示すとおり,の各要素について,その重みを足し合わせたものにひとしい.
固有多項式と,2-正則部分グラフ
次正方行列に対し,有向グラフの (全域でなくてもよい)2-正則部分グラフの集合をとかく.
有向グラフの節点のうち,部分グラフに含まれていないものの数を,とかく (isolated points,孤立点の意).
すると以下が成り立つ.
証明の概略まず定理1を用いて行列式を2-正則全域部分グラフの母関数として書く.
グラフに自己ループがあるとき,その自己ループしている枝の重みはであり,それを枝重みの自己ループとして残すか,重みの孤立点として扱うかを選ぶことができる.
(証明終わり)
例として,以下の行列を考える.
行列の固有多項式はである.
一方,グラフの2-正則部分グラフの重み和は下図の通り.
3,行列の乗と,グラフ上の歩道の対応
グラフの隣接行列を乗した行列の第成分は,グラフの節点から節点への長さの歩道の母関数である.
これはグラフ理論やマルコフ連鎖の理論でよく使う事実であるから,知っている人も多いと思う.
本節ではこの事実を復習する.
枝重み付き有向グラフの節点から節点への歩道とは,節点の列
であって,隣り合う節点,からへの枝がある,つまり
なるものである.
歩道の重みを,枝重みの積により
と定める.
歩道の長さを,列の要素数と定める.
節点から節点への歩道の集合をとかく.
すると以下が成り立つ.
次正方行列に対しの第成分は
と表せる.但し和は節点から節点への長さの全ての歩道にわたってとる.
4,Cayley–Hamiltonの定理の組合せ論的証明
Cayley–Hamiltonの定理
次正方行列に対しと定めると,
が成り立つ.
証明
まず定理2から,
である.
次にに行列を代入すると,
となる.
定理3から,行列の第成分は
である.
以下,やることは,対合を作ってを示すことである.
行列とに対して,ケーリーハミルトン配置の集合を以下のように定義する.
.
以下はケーリーハミルトン配置の例である.
言葉でいうと,ケーリーハミルトン配置とは,グラフ上のいくつかのサイクル(上図赤色)と,節点からへの歩道(上図青色)の重ね合わせであって,歩道の長さがサイクルに含まれないの節点の数(上図の例では4個)に等しいものである.
これを用いると,今考えている和はケーリーハミルトン配置にわたる和として
(★)
とかける.
式(★)が0であることを示すには以下のような対合を構成すればよい.
であって,
を満たすもの.
以下,そのような対合を構成する.
任意のケーリーハミルトン配置について,
歩道をとすると,以下の1, 2のどちらかが成り立つような最小の添字が存在する.
- 節点は,グラフのあるサイクルに含まれる.
- より小さい添字が存在して,である.つまり,歩道が節点を訪れるのは二度目である.
また,これらの二つが同時に成り立つことはない.
ここから,対合を次のように構成する.
1. が成り立つとき,節点を含むサイクルをグラフから消し,歩道に加える.
2. が成り立つとき,歩道の中のという部分を歩道から消し,サイクルとしてグラフに追加する.
図で書くと以下のようになる.
この対応は所望の対合である.
(証明終わり)